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チェイシング・アフガン2006 <ラフスケッチ> 16

 少年たちと別れてすぐ雨が降り出した。

 土砂降りという雨ではないが、歩道に停めてあったトラックの傍らで雨宿りをすることにした。家路を急ぐ大人や子供たち、そんな彼らの往来を眺めながらしばらく佇んでいた。

 5分くらい経過したころだろうか。少年とおじさんが僕のとなりにしゃがんだ。英語であったか、ダリ語であったか、忘れてしまったが、少し話をした。おじさんは小学校の先生らしい。そう言われてあらためて見ると、ジャケットを着ているし、なんとなく知的な感じがする。

 雨があがるとおじさんたちの家がある方向へ歩き始めた。200mくらいのところに「シャーリ・ゴルゴラ」と呼ばれる廃墟があり、そこで写真を撮らせてもらった。
チェイシング・アフガン2006 <ラフスケッチ> 16_f0057070_20565611.jpg

↑ 背景に写るものが「シャーリ・ゴルゴラ」。

 前田耕作先生の著書「アフガニスタンの仏教遺跡 バーミヤン」にはこんな記述がある。

 ガズナ朝を滅ぼしヘラートからバーミヤンに至る広大な山岳地帯を本拠とするグール朝(1144-1212)がバーミヤンを首都と定めたとき、その都城はいうまでもなくシャル・イ・ゴルゴラであった。1221年、モンゴルの大軍がバーミヤンに攻め入り、そのおり、チンギス・ハンの孫ミュテュゲンが矢に当って戦士すると、モンゴル軍は都城を攻めに攻めて落とし、都城の住民を皆殺しにし、破壊の限りをつくしてバーミヤンを去ったという。このとき、モンゴル軍が投げかけた言葉「モ・バリク」(呪われし町)がシャル・イ・ゴルゴラ(嘆きの町)の名のもとになった。歴史家ディウワニーによれば、それから四十年たっても、そこには人影がなかったという。
(※)シャル・イ・ゴルゴラ=シャーレ・ゴルゴラ (口語はシャーレに近い気がする)
チェイシング・アフガン2006 <ラフスケッチ> 16_f0057070_2155195.jpg

 それからしばらく一緒に歩いて別れることになった。

 「ホダー・ハーフェズ(さようなら)」
彼らの後姿をしばらく眺め、それから僕は畑のあぜ道を歩き始めた。

(つづく)
by charsuq | 2006-07-14 21:10 | | Comments(0)


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by charsuq

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